春の眠さを表現する言葉に、「春眠暁を覚えず」という有名な慣用句があります。
この「春眠暁を覚えず」とは、「春の夜は暖かくて心地よくぐっすり眠れるので、夜明けになっても気づかずに眠っている」といった意味になります。
睡眠は,日中に活動した脳や身体を十分に休息させるためのものです。「夜に十分に眠れないので,朝が来ても疲れが取れない」といった睡眠障害は放置してしまうと様々な活動に影響が出るだけではなく、生活習慣病とも深く関わっていることがわかっています。
睡眠不足は生活習慣病の発症リスクを高め、治療中の患者さんにも悪い影響を与えます
最近の研究では、睡眠不足が生活習慣病を引き起こすことがわかっています。
夜遅くまで起きている人や、眠りの浅い人などは、常に緊張状態である交感神経が優位となって血圧が高い状態が続くため、高血圧症を発症しやすくなると考えられています。
次に睡眠不足は血糖値をコントロールするインスリンというホルモンの働きを悪くするため、糖尿病の発症リスクを高め、治療薬の効き目に悪い影響を与えることもわかっています。
さらに、睡眠不足になると食欲を調整するホルモンに影響して食欲を増大させるため、肥満を招くと考えられています。
高血圧、糖尿病、肥満はいずれも動脈硬化の危険因子であり、睡眠不足は狭心症や心筋梗塞などの心疾患、脳出血や脳梗塞などの脳血管疾患のリスクを高めることにもつながります。

生活習慣病と密接なつながりをもつ「睡眠時無呼吸症候群」
睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に何度も呼吸が止まってしまう病気で、多くは肥満による気道の閉塞、気道への舌の落ち込み、扁桃肥大などが原因で上気道が塞がることにより起こります。(日本人はあごの小さい人が多く、気道が塞がりやすいので、やせていても起こる人がいます。)
主な症状は、いびき、日中の眠気などで、仕事に支障が出たり、事故を起こしやすいなどの問題が指摘されています。また、放置していると心疾患や脳血管疾患を引き起こすことがわかってきています。
睡眠中に起こるので自分では気がつかない場合が多く、家族に「いびき」などを指摘されたら医療機関に受診するようにしましょう。(医療機関での治療のほかに、運動量を増やす、脂質の多い食事を控える、お酒は適量を守るなど、生活習慣の見直しも必要です。)
高血圧や糖尿病を持っているような生活習慣や体型の方は睡眠時無呼吸症候群を起こしやすい方でもあるので、負のスパイラルのように両者は密接に関係しています。

当院では、まずご自宅で簡易検査を受けていただき,睡眠時無呼吸症候群が強く疑われる場合は適切なCPAP療法を継続して行うことが可能です。
糖尿病の治療の目的は、血糖値の改善だけでなく、合併症を防ぎ、充実した生活を送ることです。糖尿病外来なのに睡眠時無呼吸症候群の検査を紹介し、見つかった場合は糖尿病とともに治療をお勧めしている理由は、ここにあります。
睡眠時無呼吸症候群は早期発見・早期治療が何より大切です。「ただのいびき」と軽視せず、気になる症状がある方は、ぜひご相談ください。
院 長 足羽 敦子

【薬剤師からのアドバイス】
糖尿病と睡眠時無呼吸症候群SASとに共通の原因が存在する場合、その代表は肥満であり、肥満の改善は両者の治療に有効です。食事療法や運動療法はもちろん、最近は糖尿病の治療薬でも肥満を助長しないGLP-1受容体作動薬などが登場していますので、そのような治療が勧められます。またCPAPにより睡眠時無呼吸症候群の治療を始めたらインスリンの反応が改善し、血糖値がよくなったとの報告もあります。マンジャロ(チルゼパチド)は、糖尿病治療薬として開発されたGLP-1およびGIP受容体に作用する薬剤です。

この薬は、血糖値を効果的に下げるだけでなく、体重減少効果が確認できることから、2024年12月には販売名ゼップバウンドとして「肥満症」を効能・効果として国内における製造販売承認を取得しています。海外(米食品医薬品局FDA)では、2023年11月に「体重関連の健康障害を 合併する肥満または過体重の成人」として承認され、2024年12月に「肥満症のある成人の中等度から重度の閉塞性睡眠時無呼吸」として承認されている薬剤です。(海外における販売名「Zepbound:ゼップバウンド」)
睡眠中のいびきや睡眠時無呼吸症候群でお悩みの方にとって、マンジャロがその症状改善に効果がある可能性はありますが、国内においてマンジャロは「糖尿病治療薬」であり、「睡眠時無呼吸症候群」自体には保険適用されていませんのでご注意ください。GLP-1受容体作動薬は、糖尿病や体重管理に効果的な治療薬ですが、使用に伴う副作用やリスクも存在します。正しい知識を持ち、医師と連携しながら使用することで、より安全に効果を得ることができます。
糖尿病と睡眠時無呼吸症候群を併発している患者にとって、マンジャロは体重管理と血糖コントロールの一環として有用な薬剤ですが、治療には複数のステップをクリアしなければならず、自己判断でダイエット関連の広告等に惑わされることの無いよう、必ず病気の成り立ちを深く理解している医師あるいは薬剤師の指示に従って、最適な治療法を選択することが大切です。自分の健康を守るために、情報を収集し、疑問があれば医師・薬剤師に相談することを忘れないようにしましょう。
薬剤師 堀 正二
睡眠にかかわるお薬の話
睡眠にかかわるお薬は大きく2つに分類されており、①不眠症に対して医師が処方する医薬品を「睡眠導入剤」、②一時的な眠れない症状に対して薬局で購入できる医薬品を「睡眠改善薬」と呼び名を区別しています。
市販の睡眠改善薬には、鼻炎や皮膚の症状を抑える効果にかかわる抗ヒスタミン作用のあるジフェンヒドラミン塩酸塩、解熱鎮痛薬に配合される成分で、気分を落ち着かせる作用があるブロモバレリル尿素、アリルイソプロピルアセチル尿素などが含まれています。
睡眠改善薬は、慢性的な「不眠症状」に使用する睡眠導入剤とは異なり、「一時的な不眠症状」に使用するものです。連用により薬物依存を生じることがありますので効果があったとしても一時的な使用にとどめるようにしてください。

医師が処方する睡眠導入剤の中には、筋肉を弛緩させる作用が強い薬もあります。舌の筋緊張が低下すると、仰向けの場合、舌が後方に落ちやすくなり、睡眠導入剤による影響で、いびき、中途覚醒の症状が出現することがあります。
睡眠時無呼吸症候群が治療されていない場合は、安易に睡眠導入剤を使用してしまうと、病状が悪化することがあります。また、自己判断で、効果が不十分であるから睡眠導入剤を増量したり、アルコールを飲んだり、危険な行為は避けるべきです。
いずれにしても、お薬に関する不安や疑問があれば医師・薬剤師に相談することを忘れないようにしましょう。