薬の管理の問題は、小児・成人・高齢者にかかわらず多くの方々が直面する深刻な課題です。特に、高齢化が進む日本社会においては家族や介護者にとって精神的にも大きなご負担になることがしばしば見受けられます。
ある日突然、戸棚や冷蔵庫から大量の未使用の薬が見つかったり、逆に予定より早く薬が無くなっていたりと、家族や介護者が気づいた時にはすでに状況が悪化していることも少なくありません。
薬の管理が適切にできなくなると、病状の悪化や深刻な健康被害につながるリスクがあります。特に慢性疾患の治療薬は、継続的な服用が欠かせません。なぜ薬の管理が難しくなるのか、高齢者の事例を交え、その原因と対策についてお伝えできればと思います。
薬剤師 堀 正二
院外処方箋を応需される保険薬局薬剤師および介護にあたられている方へ
当院では、「薬剤師(お薬相談)外来」を活用し、みなさまと情報を共有することで切れ目なく患者さまの薬物治療を支援しますので、ご不明な点などがあれば速やかにご連絡いただきますようお願いします。
薬の管理ができない背景にあるものは何だろう?
①記憶力・理解力の低下について-思い込みや勘違いを含みます-
加齢に伴う記憶力や理解力の低下は、特に薬の管理において深刻な問題です。例えば、朝食後に服用したことを昼食時に忘れてしまい、再度服用してしまったり、「この薬は何のためのものだったか」と混乱してしまうような状況が発生します。また、薬の説明書を読み間違えて誤った用法で服用したり、似たような形状や色の薬を取り違えてしまう可能性も出てきます。高齢者の服薬管理においては、記憶力の低下に加えて、新しい情報を理解し記憶することの難しさも大きな課題となります。長年服用していた薬の処方が変更になった際、新しい服用方法を覚えることができず、以前の方法で服用を続けてしまうこともあります。これらの問題は、必ずしも認知症に限った話ではありません。加齢に伴う自然な変化だけでなく、思い込みや勘違いなど、誰にでも起こりうることなので、早めに適切な対策を講じれば多くの問題を防ぐことができます。
②身体機能の低下による服薬困難について
身体機能の低下も、薬の管理を困難にします。例えば、手指の力や細かな動作を必要とする作業が難しくなることで、薬の包装シートから薬を取り出しづらくなったり、注射キットや吸入薬などをうまく使えなくなったりします。さらに、加齢に伴う嚥下機能の低下により、錠剤やカプセルが飲みにくくなることもあります。無理に飲もうとして喉に詰まらせたり、そのストレスから服薬を避けたりするケースも少なくありません。
③複数の薬の服用が必要な人について
高齢者の場合、加齢とともに複数の疾患を抱えることが多く、それぞれの症状に応じて異なる診療科を受診することは稀ではありません。例えば、高血圧で内科、関節痛で整形外科、不眠で心療内科…そうすると、内科では高血圧の薬を1日1回、整形外科では痛み止めを1日3回、さらに睡眠導入剤は就寝前というように、異なるタイミングでの服用が必要になることも珍しくありません。このような状況では、薬の飲み忘れや飲み間違いのリスクは著しく高まります。
【薬の管理を助ける具体的な対策方法】
薬の管理が難しくなってきた場合でも、適切な対策を講じることで改善できます。

実践的な対策方法の具体例をあげますが、特に高齢者の場合、本人の自尊心を傷つけることなく、できる部分は自身で管理してもらいながら、必要な支援を組み合わせていく視点が大切です。
①お薬カレンダーやピルケースの活用
服薬管理の補助ツールとして最も一般的なのが、お薬カレンダーとピルケースです。
お薬カレンダーは、壁やテーブルに置ける大きなカレンダー形式の管理ツールです。

通常の月めくりカレンダーのような形状で、日付ごとにポケットが付いており、そこに1日分の薬を入れることができます。大きな文字で日付を入れることも可能であり、視力が低下した高齢者でも見やすいよう工夫されています。
ピルケースは、1週間分程度の薬を収納できる小型の薬ケースです。

曜日と時間帯(朝・昼・夕・寝る前など)ごとに仕切られており、その日に飲むべき薬を一目で確認できます。食卓テーブルに薬を置きたい場合や旅行などで外出する時などでは持ち運びができるコンパクトで有用なツールです。
これらのツールの効果的な使用方法として設置場所が重要です。毎日必ず目にする場所、たとえば食卓の近くや洗面所など、生活動線上にカレンダーやピルケースを置くことで、自然と薬の存在を意識できるようになります。特に朝昼夕の食事の際に服用が必要な場合は、食卓付近への設置が効果的です。
お薬カレンダーやピルケースがあれば、家族も支援しやすくなります。例えば、訪問時に一緒に薬をセットしたり、服用状況を確認したりすることができます。遠方に住む家族の場合でも、電話で「カレンダーの○日のポケットを確認して」といった具体的な声かけがしやすくなります。
これらのツールをうまく活用するためには、服用したことを視覚的に確認できる工夫も大切です。例えば、カレンダーのポケットに薬がなければ服用できていることを一目で確認できるので、「今日はもう飲んだか」という不安を軽減することもできます。また、飲み忘れがあればポケットに薬が残るので、ご本人や家族が服薬状況を確認する際の手がかりにもなります。飲み忘れた薬はそのまま回収してまとめておけば、次の診療時に残った薬を持ち込むことで、確実に残薬調整を行うことできますので、ぜひ実践していただきたいと思います。
②薬局での一包化サービスの活用
一包化とは複数の薬を服用時間ごとに一つの袋にまとめてパッケージするサービスです。

例えば朝食後に3種類の薬を飲む場合、それぞれの薬をPTPシートから取り出す必要がありますが、一包化では3種類の薬があらかじめ1つの袋に入っているため、その袋を開けるだけで服用できます。手指の力や細かな動作を必要とする作業が難しくなっている方にとっても服薬が容易になるメリットがあります。
薬局では専用の分包機を使用し、朝・昼・夕などの服用時間ごとに、その時間に必要な薬を自動的に1つの袋に仕分けます。袋には服用日時や薬の内容、患者名などが印字され、いつ飲むべき薬なのかが明確に分かるようになっています。
一包化のメリットは服用時の手間が大幅に軽減されることです。PTPシートからの取り出しが不要なため、手先の力が弱くなった方でも安心して服用できます。また、シートのまま誤って飲み込んでしまうリスクも防げます。さらに、1回分ずつ小分けされているため、飲み忘れや過剰服用も防ぎやすくなります。
※注意点※
●一包化には手間と材料がかかるため、自己負担金に追加料金が発生することがあります。
●途中で処方内容が変更になった場合の対応が難しくなりますので、その場合は必ず薬局にご相談ください。
薬局ではご要望に応じて柔軟な対応策を講じてもらえますので、先ずは薬剤師に相談することが大切です。
③薬剤師による服薬支援(アドバイス)の活用
服薬の時間が生活リズムと合っていないと、どうしても飲み忘れが発生しやすくなります。そこで、主治医や薬剤師と相談しながら、可能な範囲で服薬タイミングの調整を検討することが重要です。
例えば、昼に外出が多い方の場合、昼の薬を持ち歩く必要があると服薬管理が難しくなります。このような場合、朝・夕の2回に調整できないか、あるいは持ち運びやすい形状に変更できないかなど、生活スタイルに合わせた工夫を行える場合があります。
また、薬の保管場所も生活動線に合わせて工夫することが大切です。朝一番に飲む薬はベッドサイドや洗面所近く、食後の薬は食卓付近というように、服用のタイミングに合わせた配置にすることで、自然と目に入り、飲み忘れを防ぐことができます。
自己管理が難しくなってきた場合は、速やかに主治医や薬剤師に支援を求めるようにすることが大切です。
④薬局における訪問薬剤管理指導の活用
薬局における訪問薬剤管理指導では、薬剤師が定期的に自宅を訪問し、服薬状況の確認や指導を行います。

この管理指導業務の大きな特徴は、各家庭における生活環境に合わせた具体的なアドバイスが得られることです。例えば、自宅での薬の保管場所や管理方法について、薬剤師の専門的な視点からアドバイスを受けることができます。また、定期的な訪問により、飲み忘れや飲み間違いなどの問題を早期に発見し、速やかに対策を講じることも可能です。
さらに、副作用の兆候にいち早く気づき、薬剤師を通じて医師との連携を図ることも可能です。「最近眠くなる」「めまいがする」「食事がおいしく楽しめない」といった症状も、薬の影響かもしれません。
こうした変化を薬剤師に相談できることは、大きな安心につながります。
⑤介護保険サービスを活用した服薬支援
介護保険サービスを利用することで、服薬管理の支援を受けることも可能です。
たとえば、デイサービスを利用している場合、施設での滞在中の服薬管理はスタッフが支援してくれます。訪問介護では、ヘルパーが服薬の声かけや見守りを行うことができます。ただし、介護職員には医療行為は認められていないため、原則的にはPTPシートから薬を取り出すといった行為等はできません。そのため、前述の薬局で行われる一包化サービスと組み合わせて利用することで、より充実した支援体制を整えることができます。
当院では、服薬時間をヘルパーの訪問時間に合わせて調整できないか等、介護者からのご提案にも対応しておりますので、主治医や薬剤師にためらわずに相談することが大切です。
⑥かかりつけ薬局を中心とした包括的な服薬管理
複数の医療機関を受診している場合、かかりつけ薬局を決めて利用することで、より安全な服薬管理が可能になります。
また、全ての服用薬剤が記載されたお薬手帳を活用することで、医療機関の受診時に医師へも服薬情報を共有することができます。かかりつけ薬局では、それぞれの医療機関から処方された薬と共に常備薬などの市販薬・サプリメントなどの内容に基づいて、重複投薬や飲み合わせの問題がないかをチェックしてもらえます。たとえば、「この薬を飲むと眠くなって困る」「錠剤が大きくて飲みにくい」といった問題があれば、薬剤師から医師に連絡をしてもらい、別の薬への変更や剤形の工夫を検討することも可能です。薬局では、その方の状況に応じて様々な工夫を提案してくれます。シートから薬を取り出しやすくする補助具の紹介や、飲み忘れ防止のためのアラーム機能付き薬ケースの案内など、専門的な立場からアドバイスをもらえます。
継続的にかかりつけ医やかかりつけ薬局を利用することで、医師・薬剤師との信頼関係も築きやすくなります。困ったことがあればすぐに相談できる関係性があることは、一人暮らしの高齢者に限らず全ての患者さんにとって大きな安心につながります。
薬の管理は、決して本人や家族だけで抱え込む必要はありません。利用可能な制度やサービスを知り、必要に応じて専門職の支援を受けながら、その方に合った管理方法を見つけていくことが大切です。
まずは、かかりつけ医やかかりつけ薬剤師に相談してみることから始めてみましょう!