日本肥満学会より閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題 に関する警鐘として「女性の低体重/低栄養症候群(Female Underweight/Undernutrition Syndrome)(FUS)ステートメント(2025年4月17日公開)」が発表されました。最近の話題として糖尿病や肥満症の治療薬であるGLP-1受容体作動薬の適応外使用が「安易な痩身法」として紹介され、社会問題となっていることを鑑み、今一度、自らの「健康美」に対する概念を見直していただける情報となることを願って解説したいと思います。
当院では糖尿病をはじめとする生活習慣病を専門としつつ、西洋医学と漢方医学の両方の視点から和漢診療学にも取り組んでいます。心身一如の観点から、個人の体質を考慮した治療戦略を練り、西洋医学では解決できない症状の改善を図ることで全人的かつ合理的な視点からの内科診療を目指しております。
正しいダイエットに関心をお持ちの方はご遠慮なくお申し出いただきますようお願いします。

院長 足羽 敦子
【ステートメント発表の背景】
日本の20代女性では2割前後が低体重(痩せ)(体格指数 (BMI) < 18.5kg/㎡)であり、先進国のなかでも特に高率である。低体重や低栄養は骨量の低下や月経周期異常をはじめとする女性の健康に関わるさまざまな障害と関連していることが知られています。我が国で低体重(痩せ)女性が多い背景として、ソーシャルネットワークサービス(SNS)やファッション誌などを通じた「痩せ=美」という価値観が深く浸透し、それに起因する強い痩身願望があると考えられます。近年では糖尿病や肥満症の治療薬であるGLP-1受容体作動薬の適応外使用が「安易な痩身法」として紹介され、社会問題となってます。一方で従来の医療制度や公衆衛生施策においては、肥満への対策が重視されており、低体重や低栄養に対する系統的アプローチは不十分でした。その原因として、第一に、低体重や低栄養と疾患の関係性を表すような疾患概念が存在しないことが挙げられます。また、この問題を解決するためには、個人の意識や行動に焦点を当てるだけではなく、痩身願望を生み出す社会構造へのアプローチが不可欠となっています。
このような背景から、日本肥満学会は、日本骨粗鬆症学会、日本産科婦人科学会、日本小児内分泌学会、日本女性医学学会、日本心理学会と協同してワーキンググループが立ち上げられました。本ワーキンググループでは、骨量の低下や月経周期異常、体調不良を伴う低体重や低栄養の状態を、新たな症候群として位置付け、診断基準や予防指針の整備を目的とすると同時に、本課題の解決方法についても議論を進めています。本ステートメントでは、閉経前までの成人女性を中心とした低体重の増加の問題点を整理し、新たな疾患概念の名称・定義・スティグマ対策を示すとともに、その改善策が論じられています。
【低体重及び低栄養による健康リスクや症状について】
1 )骨量低下および骨粗鬆症
若年期は骨密度ピークを獲得する最重要期である、しかし、低栄養やエストロゲンの低下、 低体重による物理的な過重負荷の低下が骨形成を阻害し、20代における骨減少をもたらし、 将来的な骨粗鬆症リスクを高めると考えられます。
2 )月経周期異常、妊孕性および児の健康リスク
低栄養や極端な体重減少は視床下部−下垂体−卵巣系に影響し、月経不順や排卵障害を引き起こします。長期的には不妊や妊娠合併症リスクの上昇が懸念され、低体重に伴う希発月経や視床下部性無月経は、妊娠前の体格や栄養状態の不良と相まって、切迫早産や低出生体重児の増加など児の健康にも影響を及ぼす可能性が示唆されています。近年注目されているDOHaD (Developmental Origins of Health and Disease)の概念においても、妊娠中の母体の栄養状態が児のライフコース全体の健康に影響を及ぼすことが指摘され、この観点からも、若年女性の低体重や低栄養は、将来的な母体および児の健康リスクを高める要因となる可能性があります。
3 )微量元素やビタミン不足による健康障害
低栄養の場合、複数のビタミン・ミネラルの不足が生じやすく、さまざまな健康障害を引き起こす可能性があります。鉄、葉酸、ビタミンB12の不足は貧血を引き起こし、亜鉛欠乏は創傷治癒の遅延や免疫機能の低下、味覚異常をもたらし、さらに、ビタミンDやカルシウムの不足は骨密度の低下を招き、骨粗鬆症や骨折のリスクを高めます。
4 )代謝異常
低体重は糖尿病発症リスクとして知られ、日本人若年女性の低体重では耐糖能異常のリス クが高いことが最近の研究で明らかとなっています。エネルギー制限により、 体の代謝を調整する甲状腺ホルモンの一種であるトリヨードサイロニン(T3)が減少する低T3症候群や脂質異常症(LDLコレステロール上昇)を引き起こします。
5 )サルコペニア様状態
加齢に伴う筋量や筋力の低下はサルコペニアと定義されますが、若年女性の低体重や低栄養状態においても、筋量低下との関連が指摘されています。筋量や筋力低下は将来的なロコモティブシンドロームやフレイルにつながる懸念もあり、ライフコースや老年期の健康維持の観点からも、若年期のサルコペニア予防は重要と考えられています。
6 )摂食障害
痩身願望が内面化しやすい社会的風潮のなかで、摂食制限行動が行き過ぎると摂食障害へ移行することがあります。心理的ストレスや自己肯定感の低下と相まって重症化する例も少なくなく、特に若年女性では、理想的な痩せボディイメージの内面化が食行動の異常を促進し、メディアを含む社会からの痩身への圧力と相まって、摂食障害の発症リスクが高まります。
7 )精神・神経・全身症状
低体重や低栄養状態は、倦怠感、睡眠障害、低血圧、頭痛、便秘、冷え性、肌質・髪質の低下などの身体症状を引き起こします。また、神経精神症状としては抑うつ、不安、 集中力低下、認知機能の低下や身体活動の低下なども認められています。
【現行制度の課題】
肥満症対策として特定保健指導が推進される一方で、低体重に対する介入の枠組みは未だ 確立されていません。健診で低体重が判明しても、骨密度や生殖機能への評価といった関連疾患のスクリーニングが実施されることは少ない状況です。また、教育現場においても思春期の子どもたちに対する適切な食育やボディイメージ啓発が十分に行われているとは言い難いと言えます。
【GLP-1 受容体作動薬などの適応外使用】
肥満症や2型糖尿病を対象に開発・承認されたGLP-1受容体作動薬などを、「痩せ薬」と して販売・使用されるケースが常態化し、低体重や正常体重の女性が用いていることも報告 されています。このような使用に対して、副作用リスクに加えて、過度なダイエット行動 の助長といった社会的懸念が高まる状況にあり、その問題を指摘する声明も発表されています。