今年のノーベル生理学・医学賞に大阪大学免疫学フロンティア研究センターの特任教授・坂口志文さん(74)ら3人が選ばれました。日本人がノーベル生理学医学賞を受賞するのは、2018年の本庶佑さん以来、7年ぶり、6人目となります。坂口さんの名を世に知らしめたのは、関節リウマチなどの“自己免疫疾患”の治療のカギとなる『制御性T細胞(Treg:ティーレグ)』の発見です。それまで、体を守るために“攻撃”するものと考えられてきた免疫細胞。坂口さんは、『制御性T細胞』という新たな“ブレーキ役”の存在を発見し、免疫反応の調節機能を解明しました。
皆さんご存じのとおり、微生物や腫瘍などの異物に対して、それを攻撃し除去するのが正常な免疫システムですが、関節リウマチや膠原病に代表される自己免疫疾患では、自己に対して過剰な免疫応答が起こり、臓器障害をきたすことが知られています。
坂口さんによると「私はそもそも一番、最初に興味を持ちましたのは、免疫というのは、私たちの体を守るだけでなく、ときに自分を攻撃する。そうすると、関節リウマチや1型糖尿病、いわゆる自己免疫病になるんです。両面性というのに興味を持ちまして、研究を始めました。」と述べられています。
関節リウマチに対する薬物療法としては、生物学的製剤・JAK阻害薬など革新的な治療薬が開発されていますが、まだまだステロイドを中心とした全般的な免疫抑制療法による治療が現在でも行われており、副作用の問題は解決すべき大きな課題です。また自己免疫疾患の多くは難病の範疇に入る疾患であり、更なる研究と、その成果を患者さんに還元する努力が求められています。このように自己免疫を抑える薬の開発は生命予後を大きく改善しましたが、一方で全身の免疫を抑えてしまうことから感染症など重大な副作用を引き起こすことが問題ともなっています。日本国内においても様々な研究機関より、『制御性T細胞』は自らの持つ受容体で抑えるべき対象を絞り込む能力があることから、理想的な治療法に繋がる可能性についての報告が相次いでいます。
この度のノーベル賞受賞に伴い注目を集めている『制御性T細胞』という新たな“ブレーキ役”の可能性についてリウマチ・膠原病内科専門の黒﨑副院長に解説していただきましたので下記をご参照ください。

薬剤師 堀正二
『制御性T細胞』という新たな“ブレーキ役”の可能性について
自己免疫疾患の病態や発症には多彩な免疫細胞の働きが複雑に組み合わさり、同じ疾患の患者群の中でも、複数の異なる病態が混在しています。最近では、大阪大学大学院医学系研究科の岡田随象 教授らの研究グループが、11の自己免疫疾患の患者を対象に免疫フェノタイプ解析を実施し、自己免疫疾患や免疫細胞が構成するネットワークを明らかにすることに成功しました。つまり「どの免疫細胞がどの自己免疫疾患の発症に関わっているのか」、という長年の謎に答える報告となっています。
報告によると、特定の免疫細胞の減少(例:制御性T細胞)や治療反応性の悪さ(例:生物学的製剤投与後の関節炎改善度)が認められることも明らかとなっています。

本研究で同定されたさまざまな自己免疫疾患を特徴づける免疫フェノタイプ情報や、自己免疫疾患患者の分類方法に関する研究が今後加速することで、自己免疫疾患の更なる病態解明と個人の病態に最適な個別化医療の提供につながることが期待されています。
【引用】過去最大規模の免疫フェノタイプ解析で 自己免疫疾患の患者を層別化 – ResOU
また、筑波大学からの報告では、関節リウマチ(RA)は多関節の滑膜炎を特徴とする⾃⼰免疫疾患で、『制御性T細胞』の機能不全が病態に関連することが知られています。近年、⾼齢発症関節リウマチ患者(EORA)が増加して おり、他臓器の炎症や、強⼒な治療に伴う感染症や癌の合併が問題となっていますが、RA患者の年齢による機能変化に関しては明らかにされていませんでした。しかし、この報告において⾼齢発症関節炎では、免疫応答を抑制する機能を持った『制御性T細胞』が増加しているにもかかわらず、関節炎が⼗分に抑制できていないこともわかってきました。

皆さんに知ってほしいこと「個別化医療」これからの医療に必要なものは?
現代の医療は、病名に対応する薬剤を医師の経験を元に治療に用いることが主流ですが、これからの医療は個々人にとって最適な医療、すなわち「個別化医療」の実現が求められています。その為には、現在捉えられている病気の概念を新しい視点から捉えなおす必要があります。
「新しい視点」とは今まで治療に活用されてこなかった「新しい情報」を意味します。新しい病気の分類とは、同じ病名であっても体の中で起こっている異常の違いを見出すことであり、最も奏効率の高い治療法の選択だけでなく、新しい治療法の開発にも繋がる可能性を意味しています。
この「新しい視点」の背景には「個別化医療」という概念が重要です。個別化医療の目的は、個々の患者に対する治療効果の最大化と副作用の最小化にあります。「従来型の医療」と「個別化医療」の違いを模式図にすると下記のようになります。

「従来型の医療」は、一般的な診療情報(問診、身体所見、生化学検査 等)に基づき病名が確定すると、その病名に応じた標準薬が提供されます。この場合、患者個々の体質が考慮されないことも想定されるため、薬が有効の場合もあれば無効の場合もあり、時に副作用が出現することもあります。また、疾患の状態は患者個々で千差万別であり、同じ病名であっても標準薬を適用することが必ずしも正しくないこともあります。
皆さんもご存じのとおり医薬品有効率は、一般的に高いもので80%、最も低いものは「がん化学療法剤」などの25%であり、他の疾患分野における医薬品の多くは有効率50~75%です。このような医薬品の効果における個人差は、実際に治療を行いその効果を観察しなければ分からないものであり、最適な医療の提供には試行錯誤的アプローチが必要とされてきました。
これらの課題を解決するために「個別化医療」は、一般的な診療情報に加えて患者の遺伝的背景・生理的状態・疾患の状態をバイオマーカーによって把握し、患者個々に適切な治療法を設定しようとする医療であり、近年、生命科学研究の著しい進展により、がん・感染症・自己免疫疾患など 特定の疾患分野において個別化医療が一部実現されています。
【引用】薬物治療における個別化医療の現状と展望 -基礎研究の進展が医薬品開発に与えるインパクト- 南雲 明 (医薬産業政策研究所 主任研究員) 医薬産業政策研究所 リサーチペーパー・シリーズ No. 56 (2013年3月)
『自己免疫疾患』はいわゆる総称であり、その中には関節リウマチやリウマチ性多発筋痛症、全身性エリテマトーデスなど多岐にわたる疾患が含まれています。
いずれの疾患もこの20年で多くの治療薬が開発され、病気の進行をくい止め健康な状態と何ら変わらない日常生活が送れるようになり、この分野は現在も飛躍的に医学の進歩を続けています。
一方で、リウマチ・膠原病を専門とする医師は増えつつありますが医師全体としてはまだ少数です。患者様からすれば、疑わしい症状があってもどこの病院を受診すればいいのか悩むこともあるかと思います。ぜひ、わずかな症状であってもご相談にきていただきお力になれればと考えております。

副院長 黒﨑奈美
